世界のパン!旅先で出会った名物パンとパン屋さん
パンは世界中ほぼどの国でも焼かれているのに、同じ味のものはほとんどありません。しかもパンは、その土地の料理をいちばん手軽に味わえる存在です。値段はほんの小銭程度で、目の前で焼き上がることもよくあります。僕はコロナ禍以来、ほぼ毎週家で天然酵母パンを焼いているので、旅先でもついパン屋さんに引き寄せられてしまいます。その中でいちばんは? 焼きたてでまだ温かい、フランスのバゲットです。パンにかけてはフランス人こそ名人で、そのバゲットだけは誰にも悪く言わせません。

フランスのクロワッサンとイタリアのコルネット
僕にとってクロワッサンといえば、旅先の朝ごはんです。イタリアではコルネットと呼ばれ、定番のもののほかに、いろいろなフィリングを詰めたものもあります。僕のいちばんのお気に入りはピスタチオ入りで、これはぜひ食べてみてください。写真のコルネットはヴェネツィアのもので、観光ルートから路地を何本か入ったところにひっそりあるカフェで買いました。到着してすぐ、隣の島へ渡る前に友人たちを連れて行ったのですが、これが大当たりで、なかなか席を立つ気になれませんでした。

パンはかたまりとは限らない
ヨーロッパでパンといえば、皮があって中身がふんわりした丸いかたまりを思い浮かべます。ところが中東やアジア、アフリカの広い地域では、パンといえば薄焼きパン(英語でいうフラットブレッド)のことです。生地はたいてい発酵させないか、ほんの短時間だけ発酵させたもので、薄くのばして高温で数分のうちに焼き上げます。食卓では薄焼きパンがナイフやフォークの代わりになることも多く、ちぎって料理をすくって食べます。そして、こうしたパンを焼く窯にも、それだけでひとつの話になるほどの物語があります。
タンドール、トニール、焼けた小石で焼くパン
この仲間でいちばん心をつかまれたのは、イランのサンガクです。全粒粉の生地を木のパドルにのばし、熱した川の小石の上でじかに焼きます。快く写真を撮らせてくれたパン屋さんでは、3人の職人が交代で窯に立ち、焼き上がったパンはフックに吊るして冷ましていました。イランで毎日食べられているパンタフトゥーンは、布にくるんだだけの状態で、まだ温かいうちにバイクで町じゅうに配達されることもよくあります。


イラクで好きになったのがサムーンです。小舟の形をした国民的なパンで、細くとがった両端はカリッと、幅の広い真ん中はふんわりしています。イラクではパンは神からの授かりものとされ、決して捨てられません。北アフリカで主役を張るのはホブスで、モロッコのホブスは、食感がどこかチェコの天然酵母パンを思わせるものでした。
アルメニアの人々は、地面に埋め込んだ土窯トニールでラヴァシュを焼きます。薄い生地を干し草を詰めたクッションの上でのばすのですが、こうした製法そのものが、2014年にユネスコの無形文化遺産に登録されました。中央アジアでは、どの食卓にもタンディル・ナンが欠かせません。パンへの敬意から、ナイフで切らずに手でちぎって食べます。僕はビシュケクのオルト・サイ・バザールで、焼きたてを職人から直接買いました。完璧な味でした。

安息日にはハラー、チャイにはシミット
イスラエルでは、安息日(シャバット)の前に地元のパン屋さんでハラーを買いました。お祝いの編みパンで、チェコでクリスマスに焼く甘い編みパンに似ていますが、ずっとしっとりしていて、そのぶん面白く感じました。エルサレムでは、ゴマをまぶした細長いベーグルもぜひ味わってみてください。旧市街のどの門でも売っていますが、路地に迷い込んで、小さなパン屋さんで直接買うのがおすすめです。
トルコのシミットは16世紀から焼かれていて、シミッチと呼ばれる路上の売り子は今も街の風景の一部です。ゴマをまぶしたリング形のパンで、焼く前にブドウの糖蜜にくぐらせます。いちばんおいしいのはトルコのチャイと一緒に食べるとき。トルコに行って焼きたてのシミットを食べないなんて、ありえません。

バルカン半島は具入りパイの本場です。アルバニアのビュレクなら、僕はトマトと玉ねぎ入りをヨーグルトドリンクのザッレと一緒に味わうのがいちばん好きです。ただ、アルバニアでは珍しいパンにも出会いました。たとえばトウモロコシのパンブカ・ミスリや、発酵させないクラチです。ルーマニアのヤシでは、プレッツェルのコヴリギにすっかり惚れ込みました。そしてポーランドではベーグルをお見逃しなく。17世紀のクラクフのユダヤ人街で生まれ、そこからニューヨークまで席巻したのです。
由緒あるパン
南イタリアでは、パンは真剣に扱われていて、公的な保護まで受けています。デュラム小麦のセモリナで作るアルタムーラのパンは、2003年にヨーロッパのパンとして初めて原産地呼称保護(DOP)を受けました。僕はアルタムーラにある1842年創業のパン屋さん、Di Gesuで買いました。カウンターの年配の男性は英語をひと言も話せませんでしたが、そのぶん心をこめて一生懸命に伝えようとしてくれました。隣のマテーラのパンは、上部が三つの峰のように盛り上がった形が特徴で、ひと目で見分けがつきます。地元の人によると、周囲のムルジャの山並みを表しているそうです。そしてサルデーニャで思い出に残っているのは、ごく薄くてパリパリのパーネ・カラザウです。


スイスのパン屋さんで僕を虜にしたのは、リング状のパン、シルザークランツです。ひとつずつちぎって食べる小さなパンはプレッツェルのような味で、まさに絶品です! ちなみにプレッツェルは主にドイツのものと思われがちですが、スイスやフランスでもおなじみです。
パン屋さん - 僕のお気に入りの寄り道
パン屋さんでの思い出は、旅から持ち帰るもののなかでもとりわけ大切なものです。エルサレムでは、2人のパン職人がこぢんまりした工房をすみずみまで見せてくれて、ベーグルにザアタルをおまけしてくれました。包み紙は前日の新聞でした。イランでは何度もパン職人からパンを買おうとしたのですが、一度もお金を払わせてもらえませんでした(そう、タアロフは知っています!)。パン職人の仕事は、とてつもなく大変なのに、です。だから世界中のパン職人のみなさん、せめてここでお礼を言わせてください。ありがとうございます! ❤️
みなさんの旅の思い出に残っているパンは何ですか?