プラハのレストランSansho - ペトルスカー地区で味わうアジア料理
最初に運ばれてきたのはカニでした。丸ごと黄金色に揚げられ、脚を皿いっぱいに広げて、上には二つ折りの蒸しパンバオがのっています。ソフトシェルクラブは脱皮した直後、新しい殻が固まる前に獲るカニなので、胴も脚も丸ごと食べられます。Sanshoはプラハ新市街のペトルスカー地区にあるパンアジア料理のレストランで、チェコのミシュランシーンでも存在感のある一軒です。そして、このカニのフライのわさび添えこそ、この店でいちばん有名なメニューです。

イギリス人の精肉職人から、コモ湖出身のイタリア人へ
Sanshoは2011年、イギリス人のポール・デイ(Paul Day)が開いた店です。精肉職人の修業を積んだ彼は、ロンドンのNobuや、ミシュランガイドに載るタイ料理レストランNahmで腕をふるってきました。その店づくりの柱は、チェコの農場の肉を一頭まるごと使い切る、アジアの味でした。ミシュランの反応は早く、2012年版からビブグルマンに選ばれ、2020年まで守り続けました。いまはガイドのセレクテッドレストラン(Selected)に名を連ね、看板にはミシュランプレートと並んで、ゴ・エ・ミヨ(Gault&Millau)の2トック(コック帽)のプレートも掲げられています。
その後、厨房も会社も引き継いだのが、コモ湖のほとり出身のイタリア人、ジョナ・フェドリーゴ(Giona Fedrigo)です。プラハではまず、同郷のリッカルド・ルッケ(Riccardo Lucque)が営むジシコフ地区のLa Bottega Gastronomicaで料理をつくり、Sanshoには客として通っていました。そして、働かせてほしいとポール・デイに自ら直談判したのです。常連客が料理長になり、ついにはオーナーに。2022年、創業者から店を買い取りました。アジアのメニューに、ときどきこっそりイタリアを忍ばせています。

カニからスティッキー・トフィー・プディングまでのランチ
ソフトシェルクラブとわさびマヨネーズのスライダー(285コルナ/約2,200円)は、予約が確定したときからずっと楽しみにしていたので、まずはこれから。期待以上のおいしさでした。カニはカリッとしているのにジューシーで、バンズはふわふわ、少しもパサついていません。カニのフライをバンズにはさんだメニューには、プラハのほかの店では出会ったことがありません。Sanshoでは開店した年からカニのわさび添えを揚げていて、一度もメニューから外れたことがないそうです。
パクチーのクラッカーとペコリーノ、バタートーストを添えた牛肉のタルタル(375コルナ/約2,900円)は、名前だけ聞くとヨーロッパの定番ですが、パクチーのクラッカーのおかげで、ひと味違う一皿に仕上がっています。独創的で、味つけも上手です。

ポルチーニと黒トリュフを詰めたダンプリングに味噌バターと黒酢を合わせた一皿(4個で325コルナ/約2,500円)は、とてもおいしかったです。生地があまりに繊細で、一瞬、一流のイタリアンレストランにいるような気分になりました。それなのに下には日本の味噌バターと中国の黒酢。厨房を率いるのがイタリア人なのは、きっと偶然ではありません。

メインは東南アジアを幅広く巡るラインナップです。僕たちが頼んだのは、ブロッコリーと3種のペッパーソースを合わせた豚バラにジャスミンライスを添えたもの(475コルナ/約3,700円)と、キャラメリゼした豚肉のココナッツライス添え(495コルナ/約3,800円)。そう、パンアジア料理の店でチェコ人ふたりが頼んだのは、豚肉と豚肉でした。ミシュランのテーブルでも、チェコ人の豚好きは隠せません。片方は3種のペッパーソースをまとい、もう片方は輪切りの唐辛子とフライドガーリックをのせたキャラメルソースで登場。どちらも最高の味でした。


スティッキー・トフィー・プディング(195コルナ/約1,500円)は、デーツ入りのしっとりしたスポンジにキャラメルソースをかけたイギリスの定番デザートです。Sanshoではバナナアイスとピスタチオ、オレンジピールの砂糖漬けを添えていて、僕が特にうれしかったのはこのオレンジ。フルーツの砂糖漬けが大好きなんです。でも、キャラメルのムースと焦がしチョコレートを合わせたピスタチオのフィナンシェ(こちらも195コルナ/約1,500円)は、さらに上をいきました。ムースは手づくりのホイップクリームのように濃厚で、ごまかしのない味です。この小さなアーモンドケーキはその昔フランスで、取引の合間にも指を汚さずに食べられることから、パリの証券取引所周辺の金融マンにちなんで名づけられました。ここではそれを、立派な一皿のデザートに仕立てています。値段についても少し触れておきます。ミシュランのリストに載るレストランのデザートで195コルナ(約1,500円)とは、驚くほど良心的です。しかも量もしっかりありました。


メスカル、キムチ、ジンジャーリキュール
ハードな一週間を終えた金曜日だったので、ランチにカクテルも加えました。「Mezcal Negroni」(275コルナ/約2,100円)は、定番のネグローニのジンをメスカルに替えたアレンジです。2000年代の終わりごろにニューヨークのバーで生まれたもので、考案者を名乗る人はいません。ここではメキシコのグサーノ・ロホ(Gusano Rojo)をベースにしています。ボトルの中のイモムシで知られるブランドですが、イモムシを入れたのは伝統ではなくマーケティングでした。そこに自社ブランドのベルモット「The Happy Monkey」を合わせています。ガツンと効いて、スモーキーな香りもしっかり感じられました。
「Yuzu Elderflower Fizz」(325コルナ/約2,500円)は、蒸留酒、柑橘、泡というフィズの定番の組み立てどおり。ここではウォッカにゆずとエルダーフラワーを合わせ、オーガニックのプロセッコで仕上げています。女性向けのドリンクかもしれませんが、正直、僕の好みにもど真ん中でした。キムチを漬け込んだメスカルにアガベを合わせた「Kimchi Mezcalina」(275コルナ/約2,100円)は、バーのオリジナルです。グラスの縁にはチリソルト、ピックに刺したコルニッションを添えて出てきます。辛い料理と一緒だと持ち味がかき消されてしまいましたが、メインを食べ終えてから飲むと、とてもいいカクテルでした。そして「Sansho Harvest」(275コルナ/約2,100円)は、ポルトガルのボタニカルを使ったハンブルクのジン「Sul」に、リンゴとパクチーを合わせたもの。表面にはドライアップルが一枚浮かんでいます。ほかのカクテルに負けない出来でした。




外はいつの間にか10月らしい冷たい雨模様になっていたので、締めくくりにおすすめを聞くと、ジンジャーリキュールが出てきました。スライスした生姜入りのボトルをテーブルまで持ってきて、目の前で注いでくれます。ガリ蒸留所(Galli Distillery)の生姜のリキュールで、ラベルにはチェコの蒸留酒コンテスト「Pálenka roku 2025」の金メダルが輝いていました。ランチのあと外に出たくなくなるような天気にぴったりの、体が温まる締めの一杯です。

フラミンゴのいるリビング
インテリアはいい意味で不ぞろいで、それが心地よいのです。テーブルはどれもバラバラで、テーブルクロスがかかったものもあれば、木がむき出しのものもあります。カラフルなクッションを置いたレトロな肘掛け椅子、深紅のベルベットのカーテン、そして入口にはピンクのフラミンゴ。誰かの家のリビングにお邪魔しているようで、僕たちも最後まで自分の家のようにくつろいで過ごせました。飾りを眺めているだけでも楽しくなります。ワインレッドのレトロな冷蔵庫の上ではキャンドルがアーチ状にしなだれ、壁には赤いジャケットを着た蛾の頭の男のコラージュが立てかけてあります。運営会社The Happy Monkeyの名前どおり、「ハッピーなおサル」のいたずら心が店のあちこちにちりばめられています。
スタッフは感じがよく親切で、何よりアドバイスが的確でした。何を選べばいいか聞くと、「お好みで」とはぐらかされることなく、具体的なおすすめが返ってきます。夜は6品のテイスティングメニュー(2,150コルナ/約16,500円)のみなので、ランチのアラカルトのほうが気軽に楽しめます。ただし満席になりがちなので、予約しておくのが正解です。大晦日も営業しています(プラハで大晦日を過ごすならここを参照)。
僕たちは12時10分に店に入ったのですが、なぜかまだ空いているだろうと思い込んでいました。ところが大間違い。2時間半はあっという間でした。最後の空きテーブルに座り、帰るころには、店に残っている客は僕たちだけでした。



Restaurace Sansho