プラハのレストランCoda - 息をのむ絶景とテイスティングメニュー
アリア・ホテルの屋上テラスで、最初の料理が出てくる前に、ウェイターがボトルのラベルを見せてくれました。ギィ・シャルルマーニュ(Guy Charlemagne)、グラン・クリュのブラン・ド・ブランのシャンパンです。手すりの下にはマラー・ストラナ地区の赤い屋根が連なり、その奥に聖ミクラーシュ教会のドーム、地平線にはプラハ城。シャンパンは極上で、眺めも負けていません。しかもすべてがカレル橋のすぐそば、街のど真ん中です。Codaは、プラハのマラー・ストラナ地区、トルジシュチェ通りに建つアリア・ホテルのレストラン。名前にも、手に触れるあらゆるディテールにも音楽が宿る一軒です。

建物まるごとが音楽を奏でるホテル
アリア・ホテルは2003年、ニューヨークのホテル経営者ヘンリー・カラン(Henry Kallan)がトルジシュチェ通りに開業しました。音楽は設計図にまで入り込んでいます。4つのフロアはジャズ、オペラ、クラシック、現代音楽とジャンル別に分かれていて、客室にはどれも作曲家や演奏家の名前がついています。さらに音楽ライブラリーと、ベーゼンドルファーのコンサートグランドピアノを置いたガラス張りのアトリウムがあり、ホテルの朝食はここで出されます。専用の入口からは、バロック様式のヴルトバ庭園へそのまま抜けられます。レストランCodaも、館全体と同じ調べを奏でています。

ホテルとレストランの内装を手がけたのは、ジャンニ・ヴェルサーチとの長年の仕事で知られる建築家ロッコ・マニョーリ(Rocco Magnoli)とロレンツォ・カルメッリーニ(Lorenzo Carmellini)です。ダイニングはアールデコ様式で、ヘリンボーンの寄木張りの床、金色のシャンデリア、鏡。ミシュランの調査員はその空間を「クラシックなエレガンス」と評しています。テーブルのあいだにはサルバドール・ダリのブロンズ像が立っていて、掲げた手のひらにのせた卵ですぐにそれとわかります。ローゼンタールの磁器のショープレートには、イラストレーターのヨゼフ・ブレハ(Josef Blecha)が描いた音楽家の似顔絵があしらわれています。髪をなびかせたモーツァルトが、最初の料理が届くまでこちらをじっと見ているんです。気に入ったら、お皿はレストランで買って帰れます。小さな仕掛けはまだまだ続きます。音符を型押しした革のコースター、ピアノの鍵盤の形をしたバー、床には五線譜のモザイク。

入口には「MICHELIN 2025」と書かれた赤いミシュランプレートが掛かっています。Codaは最新版のガイドでミシュランのセレクテッドレストラン(Selected)に選ばれていて、さらにゴ・エ・ミヨ(Gault&Millau)の2トック(コック帽)も獲得しています。

テイスティングメニューと2種類のペアリング
テイスティングメニューは燻製ナマズからフォアグラ、ザンダーを経てステーキとデザートへと続き、お値段は2,890コルナ(約22,500円)。メニューにはそれぞれ音楽にちなんだ名前のワインペアリングが2種類あります。「ソナタ」はモラヴィアのワイナリーをめぐる内容で1,790コルナ(約14,000円)、「オーケストラ」はフランスとイタリアのボトルを揃えて3,790コルナ(約29,000円)です。僕たちのペアリングはソムリエが特別に組んでくれたもので、テーブルで1本ずつ紹介されたボトルは「オーケストラ」のラインナップと同じでした。そこに、どちらのペアリングにも入っていないテラスでのシャンパンが加わった形です。このシャンパンの造り手は、少し詳しく紹介しておきたいところです。ギィ・シャルルマーニュは、コート・デ・ブランの村ル・メニル・シュール・オジェの家族経営のワイナリー。この村のシャルドネはグラン・クリュの格付けを持ち、名高いサロンもここに本拠を置いています。一家は1892年からこの地でブドウを育て、自社畑のブドウだけでワインを造っています。そしてサービス陣がワインにどれほど真剣かは、最初の料理の前からわかりました。4皿目に合わせる赤ワインを、空気に触れさせる時間をとるためにサービステーブルでデカンタに移していたんです。

メニュー本番の前に、アミューズ・ブーシュ(最初の料理の前にキッチンがお客さんへのあいさつとして出すひと口料理)が2品出てきました。1品目は小さなグラス入りで、なめらかなクリームに角切りの魚とパクチーオイル。正直に言うと、正確な材料は覚えていません。でも2品目ははっきり覚えています。黄金色の衣をまとった牛肉のコロッケがとてもジューシーで、たぶん僕がこれまで食べた中でいちばんおいしいコロッケでした。


1皿目は燻製ナマズ、ポロネギと青リンゴと焦がしバター添え。同心円の凹凸がレコード盤のように見える深皿に、バターソースをまとった白身魚がのり、上にはカリッと揚げたポロネギの細切り。合わせて注がれたのは、クレザンシー・アン・サンセールの家族経営のワイナリー、ギユロー・ファルジェット(Guillerault-Fargette)のサンセール「Les Panseillots」です。石灰質の土壌で育ったソーヴィニヨン・ブランを手摘みし、野生酵母で発酵させ、大きな古い木樽で澱とともに10か月熟成させたもの。味わいはクリアでミネラル感があり、驚くほど飲みやすいワインでした。


鴨のフォアグラのグリルには、ローストしたプラム、モルト、サワードウのクランブルが添えられていました。表面は香ばしく焼き色がつき、その下のレバーは羽根のように軽く、まるで雲のよう。ローストしたプラムとの組み合わせは文句なしに完璧でした。クランブルがサクッとした食感を添えます。貴腐菌のおかげで凝縮したブドウから造るボルドーの甘口白ワイン、ソーテルヌはフォアグラの定番の相棒です。Codaで注がれたのはシャトー・ダルマジャン・デ・ゾルム(Château d'Armajan des Ormes)のもの。プレニャックにあるこのシャトーは、1565年にシャルル9世とカトリーヌ・ド・メディシスの訪問を受けて貴族の領地に格上げされ、いまはワイン造りの一家ペロマ家の6代目が営んでいます。シャトー・ディケムによれば、2022年はソーテルヌにとって1896年以来もっとも暑く乾いた年でした。貴腐菌がこの地方に現れたのは10月になってからで、例年の半分ほどしか収穫できなかったシャトーもあったそうです。量は少なくても、そのぶん凝縮したワインです。


ザンダー、ステーキ、リクエストで替えてもらったデザート
3皿目はがらりと趣を変えて、ザンダーにローストしたカリフラワー、エンドウ豆の味噌、タヒニ、ゆず。照りよくグレーズしたカリフラワーは、ひと目見るとホタテと見間違えるほど。完全には火が通りきっていませんでしたが、僕にはそれがむしろうれしいポイントでした。タヒニとの相性も抜群で、とても気に入りました。その隣には、海藻サラダをのせた香ばしい皮目の魚。合わせて開けられたのは、ムルソーにセラーを構える生産者パスカル・プリュニエ・ボヌール(Pascal Prunier-Bonheur)の白、ボーヌ「Clos Saint Désiré」です。ワイナリーの創業は1983年で、名前は夫妻の姓プリュニエとボヌールをつなげたもの。ボヌールはフランス語で「幸せ」という意味です。コート・ド・ボーヌの6つの村に散らばるおよそ8ヘクタールの畑を耕していて、モンターニュ・サン・デジレの南東向きの斜面にあるこの畑を手に入れたのは2007年のことです。クロは石垣で囲まれたブドウ畑のこと。ボーヌのアペラシオン(同名の町の周辺に公式に定められた産地)は、ふだんは赤ワインでよく知られています。サンセールに比べると味わいに奥行きがあって、あれこれ探りながら飲むのが楽しいワインでした。


サーロインステーキには、ランチの初めに用意されたあのデカンタが登場しました。中身はポイヤック(ボルドーの北にあるワインの村)の「Les Tourelles de Longueville」2018年。シャトー・ピション・バロンのセカンドワインです。尖った小塔がファサード前の水面に映り込むシャトーで、その小塔がこのワインの名前の由来になっています。ピション・バロンは1855年の格付けでドゥジエム・クリュ、つまりボルドーのシャトーで上から2番目の第2級に選ばれました。グラン・ヴァン(シャトーの看板ワイン)はカベルネが主体ですが、トゥーレルはサンタンヌ区画のブドウから造られ、2018年はメルローが66%を占めています。しかもソムリエはボトルを開けもしませんでした。コラヴァンを使うと、細い針がコルクを貫き、アルゴンガスがワインを押し出します。空気に触れたのはデカンタに流れ込んだぶんだけで、ボトルに残ったワインは一度も酸素に触れていません。医療機器の原理を応用したエンジニア、グレッグ・ランブレクト(Greg Lambrecht)の発明で、おかげでこのクラスのワインもグラス売りができるようになりました。肝心のお皿には、塩の結晶をのせたロゼ色のサーロインのスライス、その横にショートリブ、ポルチーニのソース、そしてキャラメリゼした玉ねぎのピュレにのった芽キャベツが並んでいました。



メニューに載っていたデザート、パイナップルとレモンバーベナとトウヒのオイルを添えたココナッツクリームは連れのほうへ。僕はココナッツもパイナップルも苦手なので、キッチンが快くデザートをアーモンド入りの洋梨のタルトに替えてくれました。サワークリームのアイスクリームと洋梨のシードルが添えられています。どちらのデザートにも、マルケージ・ディ・グレシー(Marchesi di Grésy)のモスカート・ダスティ「La Serra」が注がれました。この侯爵家はなんといってもバルバレスコで知られています。名高いマルティネンガの畑は1797年に一族へ贈られたものですが、それから200年近くはブドウを近隣の生産者に売っていて、アルベルト・ディ・グレシーが自分たちのワインを瓶詰めし始めたのは1973年になってからです。モスカートはモンフェッラートのラ・セッラの農園で育てています。軽やかで甘く、ほんのり微発泡。4皿を食べ終えたあとでも、すっと飲める軽さでした。



テーブルにシェフがやってきた
ランチは全部で3時間近く。スタッフはまるでコンサートのように進行してくれました。ボトルはどれもまずテーブルでラベルを見せてから注ぎ、料理には1皿ごとにひと言説明がつきます。シェフのイゴル・フラメツ(Igor Chramec)もテーブルまであいさつに来てくれました。ロンドンとオーストラリアで経験を積んだ料理人です。テラスがお目当てなら、営業はふだん4月から10月まで、それも天気のいい日だけだと思っておいてください。10月半ばの僕たちは、最初の1杯のあいだだけテラスを楽しめた幸運組でした。年末年始の予定を立てている人には、Codaはクリスマスイブのディナーやテラスで真夜中に乾杯する大晦日のメニューも用意しています。


帰りはダイニングを抜けてダリ像と絵皿の似顔絵の横を通り、ガラス屋根のアトリウムへ。Codaが最後に見せてくれたのは、床のモザイクに並んだ音符でした。音楽用語でコーダとは、曲を締めくくる最後の部分のこと。演奏されるのは一度きり、いちばん最後だけです。このランチはマラー・ストラナの屋根を見下ろすシャンパンで始まり、足もとの音符で幕を閉じました。最後の一音まで、楽譜どおりの完璧な演奏でした。


Restaurace Coda